2023年12月10日 日曜日
休みの日の朝の散歩に出かけた。
屋台村があったエリアが見えてきた。
屋台が消えて、新しい道路と歩道が見える。
道路が綺麗に出来上がって、屋台が居なくなっている。
歩道の奥側の店は存在する。
屋台村があったエリアを通り過ぎて、振り返って写真を撮った。
以前の風景と変わってしまった。
屋台村があったエリアに移動するために、道路を横断する。
道路の端で写真を撮っていたら、急に車が増えた。
急いで道路を渡り切る。
出来立ての道路には、まだ車線が無い為に、みんなフリー走行。
Paving block も敷かれて、歩道も完成している。
以前、架空を飛んでいた電線も埋められてスッキリしている。
点字ブロックまで付いている。
屋台村があったエリアの奥に抜けるJalan tikus(ジャラン ティクス)「小道、路地」がある。
Jalan :道、tikus:ネズミで直訳すると「ネズミ道」
ローカルスタッフに教えてもらった言葉で、渋滞や交通規制のある時にJalan tikusをよく通る。
久しぶりに、このJalan tikus らしき道を通り抜けてみる。
この道路沿いに今までなかったKaki lima(屋台)が点在するようになった。
屋台村で商売をしていた屋台の一部が、この道でやっている。
前方に見えるのは、行きつけの屋台。
以前通りに夫婦でやっている。
「久しぶり」とあいさつをして、Gorengan(ゴレンガン)「揚げ物」を選んだ。
「久しぶり」程度の簡単なインドネシア語は出来るが、長い世間話はまだ難しい。
使用済コピー用紙で作った袋に入れて、ビニル袋に入れてくれたゴレンガン(揚げ物)。
Seperti biasa(スプルティ ビアサ)「いつも通り」にゴレンガン(揚げ物)を6個買って来た。
3個Rp5.000(48円)なので、Rp10.000(96円)。
道路整備がされて交通の流れが良くなったが、そこで商売をしていて、それを使用していたいた人の生活環境が変わった事を体験した事例でした。
みんな、たくましく生きています。
👇 道路整備される前からの屋台村の沿革に関したブログをまとめました。
事の起こり
kznrdiindonesia.hatenablog.com
初期の頃
kznrdiindonesia.hatenablog.com
途中
kznrdiindonesia.hatenablog.com
後期
kznrdiindonesia.hatenablog.com
最後
kznrdiindonesia.hatenablog.com
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