2021年11月6日 土曜日
新しい宿舎に移り住んで、土曜日・日曜日は散歩で片道3km程度の所は、大体歩いてみた。
独立記念碑のある片道4.9kmのモナスまでも行ってみた。
帰りは、タクシーでの帰宅になってしまったが。
ジャカルタには、Blok Mと言って日本人向けの店が多い地区がある。
一度、会社の車で乗りあって、買い物に行ったことがある。
グーグルマップで見ると歩きで6.2kmで行ける。
ゴルフの本コース18ホールとほぼ同じ距離と判断した。
帰りをタクシー利用で計画すれば、行けない距離ではない。
時計を見ると朝の9時。
散歩で行って見よう。
宿舎を出て、大通り(Jl.Sudirman)まで出て来た。
大通りに出た所に、大きなモニターを建物の外壁に取り付けた建物がある。
少し名なれた所からでも、モニターに映る内容は見える。
道路の反対側に渡る為の陸橋が、見えて来た。
グーグルマップのナビ機能で、道路の反対側へ渡る指示が出ている。
指示に従い、陸橋で反対側へ渡る。
陸橋を渡り切ったところの建物にもモニターが付いている。
ジャカルタのメインストリートと呼ばれているJl.Sudirman(スディルマン通り)なので、モニターも大きい。
陸橋の上に上がって、来た方向を振り返った。
少しだけ、大きなモニターも小さく見える。
11月半ばで、日本から冬の便りを聞く頃でも、こちらは夏の風景。
まだ、9時過ぎだけど、日差しがまぶしい。
陸橋を渡って、道路反対側へ移動する。
陸橋の両側には、Bunga Kertas(ブンガ クルタス)「ブーゲンビリア」が咲いている。
モニターを持つ建物が、見える。
陸橋を降りた所にMasjid「モスク」が見える。
今日もここからの放送で、朝4時過ぎに目覚めた。
モスクの前にバナナが出来ている。
歩道に面している場所。
グーグルマップでは、陸橋を渡った所から近くを曲がるようになっている。
道が見当たらない。
歩行モードにしているので、道幅50cm~1mでも道と判断してる時がある。
分からないので、曲がれる道を探して、歩く。
大通りから曲がれる側道を見つけて、90度右へ曲がる。
左手に川が流れる歩道付きの側道を歩いて行く。
木陰の綺麗な街路樹の下を気持ちよく散歩しながら歩く。
本当に、地元の人と散歩の時は、すれ違わない。
たまにすれ違うのは、ジョギングの外人ばかり。
木陰の歩道からでて、日差しが当たる歩道を歩いて移動を続ける。
初めて見る風景に出くわした。
橋の下を見ると鉄道が走れるようになっている。
橋の上から進行方向を見る。
緑の向こうに建物が見える。
振り返ると三角屋根の建物が、まだ見える?
宿舎から出て、1時間半以上歩いている。
まだ、三角屋根のビルが見える。
グーグルマップで、現在の位置と状況を確認した。
「え~~~・・・?」
曲がる所を間違ったためか、目的地の距離6.2km→7.※kmに増えている。
(※:詳しい数字忘れました。)
1時間半以上歩いて、距離が増えている?
「2重苦じゃなか!!!」
川の色が汚れていて、ゴミも浮いている。
道路が下り始めた。
前方に見慣れない建物が見える。
外壁に亀甲模様が施されている。
今度の建物も外壁に模様がされている。
目的地のBlok Mへの距離が、さらに8km代へと増えている。
歩いた距離だけ増えたのだと思う。
今日の Jalan Kaki(徒歩で)Blok M へは、「中止」。
完全に道に迷っている。
主要道路以外の地元の道を指図されての、長距離移動は無理。
全然違うところを歩いている。
「中止」したのは良いが、同じ道をまた2時間以上歩いて逆走して帰るのは、精神的に辛い。
地元の生活道は、曲がりくねって方向が微妙に変化してくる。
グーグルマップのナビ機能で、地元生活道を歩きで移動するのは、難しい。
地元生活道のかなり中に入り込んでしまった。
ジャカルタでは、道に迷った時に歩きだと、ナビなしで帰られる方法がある。
上を見て歩いていると建物の形が外んど四角で無く、特徴のある形をしている。
太陽は、昼前で真上にあるので、建物頼りで帰るのが早い。
方針が決まると再スタート。
冒険散歩に切替。
知らない地元の生活道を歩くと、ワクワク感が半端なく湧いてくる。
見る物すべてが、未知の世界で興味の宝庫である。
今の日本で、この体験をしようと思っても出来ないと思う。
遠くにヘリポート付の建物が、見て来た。
部屋の窓から遠くに見える建物だ。
宿舎へ帰る方向は、「正解」に修正された。
ナビを「OFF」にした散歩は、自由があった好きだ。
地元の狭い道路に店屋さんが軒を連ねるいる。
風景として、生活感があり、生き生きとしている。
建物を目標にして歩いているので、車も入れない道幅になってもお構いなしで、歩き進む。
見慣れた建物が、段々と近づいてくる。
子供のころに見慣れた風景にどことなく似ている。
昭和30年代初期の地方の風景は、日本もこんな感じだった気がする。
(奥の高層ビルは、違います。手前の風景だけ。)
宿舎の窓の前のDAVINCの建物が、目標にしていた建物の奥に見えて来た。
道を失った時の、私のランドマークタワーの三角屋根の建物が見えた。
周りの建物から、メインストリートの大通り(Jl.Sudirman)の1本外側を平行して走る地元道みたい。
地元道の為、交通量が極端に少ない。
宿舎の窓の前のDAVINCの建物が、大きく見えて来た。
無事、帰った来れた。
休憩無しで4時間近く歩いて、そして帰って来た。
タイトルの『Jalan Kaki(徒歩で)Blok Mを目指す。そして・・・・。』の「・・・・」の部分は、「迷子になりました。」でした。
今回の教訓、『歩きでの長距離移動は、地元生活道での近道はやめよう。』
グーグルマップのナビ機能で、地元生活道が出た時は注意が必要。
歩きで、Blok Mに行けなかった。